白衣は白くなければいけない。

そんなことはない。
何事にも例外はあるから、青い白衣だってあるし、自ら染めれば何色にだってなれる。


教師が生徒に恋をしてはいけない。

そんなことはない。
何事にも例外はあるから、というか、恋をするだけならいい愛し合ってはいけない。交際してはいけないだけだ。


星月学園の理事長になったからには模範にならなきゃいけないしな。

そもそもこの学園には女子が少ないから大丈夫だろうし、恋をするわけがない資格がない、そう思っていた。

病弱な天才が入学してくる前までは。

理事長面接の時にはその美貌にしか気がつかなかった。彼女の星詠みの才能は、神なのではないかと思うくらい正確に未来を詠んだ。神楽坂と、同じくらいに。


彼女の病気は先天性のものだった。

体育の時間に倒れた、授業中に寝てるのかと思ったら意識がなかった、ぼーっとしていて柱にぶつかった、食事をしないで自分で勝手に点滴。

保健室に入り浸るようになった彼女。
今では色々な顔を見せてくれるようになった。なんだかうれしい反面、怖かった。


“わたし、先生のことが好きです”


きれいな髪をなびかせて、とんでもないことを言い始めた彼女に、錯覚だ、憧れだ、気の迷いだと言い続けても、彼女はまっすぐだった。

“わたし、一番髪の毛が健康的だと思うから、一番自分の中で好きなの。ちょっと色素は薄いけど、先生はどう思う?好きになってくれる?”

みんなと同じように生きてはいけないのに、彼女はいつでも明るく前向きで強かった。


「ねえ、先生」

「ん?」

「なんでわたしが先生のこと、名字や名前で呼ばないかわかる?」

「…さあ、わからんな。別に理事長先生って呼んでもいいんだぞ」

「もう、真剣に答えてよ」


膨らんだ頬は、健康的とは言えない形をしている。痩けているまではいかないけれど、柔らかくはないだろう。そんな頬、顔周り、全身もモデルのように細い。

彼女と一緒に居ても安心感を感じない俺は彼女に何をしてあげられるんだろう。


机をはさんで向かい合わせに座っていたけれど、居たたまれないし、視線が痛いし、ついでにやりかけの仕事を思い出して自分のデスクへ戻ろうと立った。


「星月先生」


時が、止まった気がした。


「ほら、わたしが呼ぶと、先生、必ず辛そうな顔する」


してない、そう発したはずの言葉は消えた。

いつもは保っていられる表情が、彼女と一緒に居るときだけ崩れてしまう。それは郁に前から指摘されていたことだった。

俺は今、どんな表情をしているんだろう。


「そんな顔しないで」

「…してない」

「ううん、してる」
「……お前の顔のほうが、ひどいぞ」

「わ、わたしひどいなんて言ってないよ!ひどいっ」

「悪い悪い」


くるくる変わる彼女の表情が止まる。

あ、やばい。
そう思った時にはもう遅かった、一番厄介で一番心臓が疼く状況になっていた。

彼女のきれいな髪が揺れ、腕が俺の白衣にしがみついて感情を吐き出した。


「こんなに好きで、ごめんなさい…っ」


ぽろぽろ溢れ出して止まらない、彼女の想いと涙。

俺より未来が見える彼女は、きっと、俺より悲しいんだ。

泣くなよ、ばか。
泣きたいのはこっちだ。

お前のことを大切に思っているのに、何も言えない。手をのばして涙を拭ってやるだけでいいのに、それができない。 それでも優しくできない。

それがどんなに苦しいか、お前は知らないだろ、


2012*05*22

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